生イスラエル

なぜにイスラエル?いや、ほんとなんでイスラエル?自分でもわからんことだらけのイスラエル留学生活奮闘記。

事務所のある1日

やはり、コーヒーを飲むならミルクハーフにコーヒーハーフに限る。苦い癖のあるコーヒーを優しく受け入れるミルク。それが均一に溶け合う時、男女の関係の奥義さえも彷彿させるではないか。オフィスチェアに深くもたれかかると、窓から見える贅沢な地中海の景色に思いを委ね、彼はハーフアンドハーフのコーヒーをすする。

 

彼の名はユダ。彼がハーフアンドハーフを好むのはそれが人間関係における最大の深淵を垣間見せてくれるゆえでは無論ない。単純にコーヒーだけで飲むと眠ることができないからだ。ユダには小さい頃からそんな一面がある。素直に負けを認められないこと。負けたっていいじゃないか。ユダにはそんな言葉を鵜呑みにするほど、人ができていない。

 

かといって、性格が悪いわけでもなく、彼の落ち着いた笑顔を飾るにっこりとした茶色い瞳が、なにかしらの安心を与えるのだろう。人付き合いもできる方だ。彼の素直でない性格がコーヒーなら、こっちが彼のミルクとでもいえようか。そんな自然体な彼からは特別なんの害も益も見出せないように見える。

 

表向きはユダは地方の公務員だ。いつも地域の問題に真面目に取り組んでいる。昨日の夕食の会話に上った話題だって、「いかに名産品のフムスを低コストで宣伝するか」という真面目でケチでなんの面白みもないようなものだった。

少なくとも、ユダの妻とその子供達には。

 

しかし、彼の家族たちさえも知らないのは、彼が幾度となく国の危機を救ってきたということである。信じがたいって?では、事務所でのある1日を紹介しよう。

 

ー事務所のある1日ー

 

その日もユダはハーフアンドハーフを飲みながら、ゆっくりめに仕事に手をつけようとしていた。立派な事務室だ。大きなマホガニーの机には新聞が広げられている。今日の朝刊だろうか。本棚には「中水道処理」から「フェニキア語入門」までありとあらゆる本がたたずんでいて、いかにも知的な匂いがする。だからと言って、ユダが本棚の本を全部読んだわけでは決してない。見た目は大事なのである。

 

そんな静かな朝を踏みにじるように慌ただしく、資料の束を片手に抱えた、ぼさぼさ頭の男が事務室に転がり込んできた。

 

「た、たいへんです、部長!」

ユダはハーフアンドハーフをすすり続ける。いつものことだ。

「どうしたんだ、ティム?良いフムスの宣伝方法でも思いついたか?」

「部長、落ち着いて聞いてください。」

ユダはハーフアンドハーフに砂糖を入れる。

「『猫問題』を解決せよとのお達しが上から来ました!」

 

ユダの眉毛が少し上がると、笑みがこみ上げた。

「それは本当か!やつら血迷ったか。ここ100年以上解決していない問題だぞ。」

ティムが抱えていた資料が遠慮なくユダの机の上に広げられた。

「本当です。クラスAの問題ですよ。ユダ部長の腕を見込んでということでしょう。」

ティムが資料の一番上の依頼書を取り出して、本部の印鑑をユダに見せた。

 

「そうか。これは面白くなりそうだ。ティム、まずは問題の定義からだ。一応のリサーチは終わっているだろう。」

ティムはメガネを押し上げると、得意そうに資料に手を伸ばした。

「何年一緒にやっていると思っているんですか。当たり前ですよ。言わずも知れた我が国の『猫問題』。簡単にいうと、この国には猫が多すぎるという事実です。」

「ふむ、そうだな。では、多すぎるということはどのような問題を引き起こすのかな?」

ティムは少し考える。

「そうですね。。。やはり、食物ピラミッドのバランスが崩れることでしょうか?つまり、猫が繁殖しすぎると、他の動物が食べるべき食べ物がなくなったり、猫が捕食する動物が絶滅の危機に陥ったりすることでしょうか?」

「ふむ。面白い考え方だな。いや、極めて平凡と言おうか。」

どっちなのだと、ティムは眉をひそめる。

「我が国ののら猫はかなりの割合で人によって餌を与えられている。なんという言おうか。お前も知っている通り、この国の国民性と言おうか、お節介だろう。それは人間に止まらず、猫にまで及んでいるんだ。ほら、近所のおばちゃんがよく猫どもに餌をあげているのをよく目にするだろう。あれだよ、あれ。

ハ・アレツ紙によると、我が国のペットの30%はのら出身だそうだ。20%は動物保護施設から引き取られたものだ。また統計によると我が国でペットを有する市民の70%はペットの品種を気にしないそうだ。この、なんだ、地中海的『どうでもいいさ〜』精神が生み出した天災ならぬ、人災だこれは。

もし情報源が気になるのなら、リンクをここに貼っておく。言っておくがヘブライ語だ。

הדייר הנוסף: הצד החמוד של הסטטיסטיקה - הקצה - הארץ

つまり、まとめると、野良猫どもは人によって養われているのだ。よって、彼らが増えることによって、食物連鎖はそう簡単に崩れはせんよ。」

「はぁ。では、何が問題なんでしょう。」

「ティム、君はもう少しでなんの祭りか忘れたのかい?」

「プリムですか?」

「いや、そのあとだ。」

「では、ペサハ。」

「ご名答。それはなんの祭りだ?」

「エジプトから無事脱出できた。さぁ、マッツァを食べよう祭りです。」

「ん、まぁ、余計なのがついているが、そうだ。なぜ、エジプトから脱出しなければならない羽目になった?」

「それは、ヘブル人の人口がエジプトで増えすぎたため、ファラオが危険と感じたためでした。は、まさか!」

「そのまさかだよ、ティム。この問題がクラスAである理由の一つだ。つまり、ビビ(注ベニヤミン・ネタニヤフの略)は猫が政権を乗っ取るのではないかと恐れているのだ。増えすぎた人口、いや猫口の危険性は侮れない。

イスラエルの猫口は、イスラエルの猫去勢団体、「Meow Mitzvah」によると、200万匹だそうだ。我が国の人口がおよそ800万人なので、四人に一匹の割合で猫がいることにある。

彼らに選挙権はないが、彼らの影響力をもってすれば、世論は赤子の手をひねるより簡単に変わるだろう。

アメリカで女性の投票権が初めて認められた時、こう言った人がいた。『女性に投票権など必要ない。彼女たちは、遥か前から夫の投票権を握っていたのだから。』」

ティムの目は涙で潤っていた。

「ぶ、部長。私、本件少々見くびっておりました。責任の重さがひしひしと我が臓器に伝わってきております。」

「うむ。無論、これらのことは他言無用だ。心を改めてこの問題に取り組むように。」

ティムはよれよれのスーツを引き締め、尊敬の眼差しをユダに向けた。

「はっ!では、部長殿はいかにこの問題に取り掛かろうとされておるのでしょか?」

「ティム、政府は今どのようにこの問題に取り組んでいるか知っているか?」

「は、はい。先ほど部長がおっしゃられていた、猫去勢団体などを支援することによって猫口を減らそうと努めています。2016年の数ヶ月で政府は1億二千万円程度をこれらの団体に援助金として出しています。しかし、未だ数の多さに圧倒され、とても追いついてはいません。一応、リンクも貼っておきます。」

www.haaretz.com

「その通りだ。この方法ではとても追いつかないのだ。金で解決できることと、できないことがある。そこが難問なのだ。」

「なにか良い策はないものでしょうか。。。」

「そうだな。他に何か資料を通してわかったことはないのか?どんな些細なことでも良い。報告してくれ。」

「それが、猫どもが裏で働いているのか、めぼしい情報が少ないのです。」

「やはりな。」

「一般的に我が国がイギリス統治下にあったときに、ネズミなどを駆逐するためにヨーロッパからもってこられたという認識が高いです。」

「なるほど。日本という国の沖縄という島のマングースとハブのような関係だな。」

「あ、日本といえば、うん、いや、なんでもありません。」

「ん?なんだ言ってみても構わないぞ。今はとにかくどんな情報でも出せるだけ出していこう。」

「これがなんの手がかりになるかわからないのですが。日本という国のバンドで『電気グルーブ』というバンドをご存知でしょうか?」

「いや、聞いたことがない。」

「はい、私も知らなかったのですが、日本という国ではある程度の知名度があるらしいのです。」

「ふむ。そのバンドがどうかしたというのか。」

「それが、そのバンドが『猫とイスラエル』という歌を出しているのです。」

「何!?そんな聞いたこともないような国が、ピンポイントで我が国のクラスAの問題を歌っているだと?モサドは知っているのか?」

「多分見逃していると思います。」

「そうか。スパイかもしれんな。レーニンがドイツの助けでソヴィエトで革命を起こしたように、猫どもが電気グルーブによって、政権を覆すかもわからん。」

「まさか!」

「ソヴィエトもレーニン一人に国を覆されるとは思っていなかっただろうよ。」

「そうですね。なにかもっと手がかりになるようなものがあればいいんですが。」

「歌詞はどんなのかわかるか?」

「はい。ここに貼り付けます。」

 

ひとつ増えている

2日越しできてる

さらに隙をみせる

夜は始まってる

 

今日を振り返る

白い部屋のホテル

色は深まってく

電話鳴り響く

 

行く先はイスラエル

西へ向かう多分

気配漂ってる

猫が連なってる

 

一つ増えている

2日越しできてる

今丁度、イスラエル

猫がそこで見てる

 

「こ、これは!」

「どうかしましたか?」

「明らかに暗号だ。」

「どういう意味なんでしょう。」

「パッと見るところなんの意味もないが、一つづつ読み解いていこう」

「はい!」

「まずは最初の部分だ。」

 

ひとつ増えている

2日越しできてる

さらに隙をみせる

夜は始まってる

 

「一つ増えている、2日越しできてる。。。多分これは猫のことだな。一番最初に我が国の猫と接触した時のことだと思われる。 

さらに隙をみせる。つまり、もう隙を見せていたということ。つまり、これ以前にも直接的でないにしてもなんらかの接触があったということだ。そして、この会合のあとで、明らかにこの交渉に発展があったことを示唆している。

夜は始まってる。。。『革命』が始まっていると。。。」

「もう始まっているんですか!?」

「うむ、向こうもなにかもう手を打ち始めているらしい。今のところ表面化していないが、芽が出ないうちに摘むのが得策だろう。解読し続けるぞ。」

「はい!」

 

今日を振り返る

白い部屋のホテル

色は深まってく

電話鳴り響く

 

「今日を振り返る。よほど、深い内容の会合だったらしい。消化しきれていないのだろう。

白い部屋のホテル、色は深まってく。これは難問だな。白。白。これが日本、つまり、アジアの思想をもっている国の音楽家が書いたのなら、中国の思想からの影響もあるはずだ。。。方角的に白は中国の概念で西だ。ティム、君はベラルーシという国を知っているだろう。ベラルーシからの我が国への帰還者は少なくない。

ベラとは白、ルーシとはロシアを指す言葉で、直訳すれば「白ロシア」だ。一説によると、ロシアの西側にあり、中華思想の影響もあったことから、そう呼ばれたようだ。

つまり、これは我が国のベラルーシからの帰還者が彼に接触した。もしくはその手先、いやもしくは、彼が手先で、猫が裏で操っているのかもしれないが、いずれにせよ、ベラルーシが絡んでいることに間違いはなさそうだ。

次は、色は深まってくか。これは字義通りにとっていいだろう。つまり、その会談が濃くなって言ったということだ。そして次の文章、電話鳴り響くだが、向こう側が返答を要求するために電話をかけてきたのだろう。」

「め、名推理です。考えもしませんでした!」

「ここで油断してはいけない。最後まで読み切るぞ。」

 

行く先はイスラエル

西へ向かう多分

気配漂ってる

猫が連なってる

 

「行く先はイスラエル。先ほどの返答への答えだな。つまり、合意したということだ。西へ向かう多分。これは文章を濁している。万が一この文章がモサドなどに見られた場合、日本からであることをぼかすために、多分という言葉を使ったのだ。

気配漂っている。これは革命の気配だろう。

猫が連なってる。待てよ。この文体からするに、我々がやや有利かもしれないぞ。「多分」や「気配漂う」など曖昧な言葉を使って、万が一見つかった時に備えているが、「猫」、そして「イスラエル」などといった、恥ずかしいまであからさまに問題を書いているところからみて、当事者がまだ完全に猫側に翻っていないことがわかる。これは、交渉が可能だということだ。」

「なるほど!希望が持てますね!」

「そうだ。よし最後に取り組もう。」

 

一つ増えている

2日越しできてる

今丁度、イスラエル

猫がそこで見てる

 

「1つ増えている。2日越しできてる。これは最初の歌詞と同じだが、次の文章が違う場面であることを物語っている。

今丁度、イスラエル。赤裸々に事実を物語っているな。

猫がそこで見てる。なるほど!わかったぞ!これは、つまり、猫どもによって監禁されたのだ!これは助けを求める手紙だったのだ。つまり、曖昧にしたのは私たちにばれるのを恐れたのではなく、猫にばれることを恐れたからだ。ティム、今すぐモサドに連絡だ!」

「は、はい!」

ティムは急いで事務所を出ていった。資料で散らかされた机と共に残されたユダは、残っていたハーフアンドハーフを一気に飲み干した。

「いや、仕事をした後のコーヒーはうまい。ことはどう動くはわからないが、モサドがうまくやってくれるだろう。」

その後、モサドからも上からもなんの連絡も来なかった。政権も比較的安定していることから見て、一件落着といえよう。市民の知らないところで、この国はユダによって救われているのだった。

これが、その日の事務所の出来事である。